平和を祈り続ける街・広島市

平和を祈り続ける街、広島は戦後復興を遂げました

平和を祈り続ける街・広島市

広島は現在の太田川の下流は昔は海だったそうです。太田川の上流から流れる土砂が堆積して、今の地形ができていきました。古くから人が住み、毛利輝元が広島城を築きました。それまでは葦が茂っていた土地を干拓して、城下町を作ったのです。関ヶ原の戦いののち、毛利に変わって福島正則が広島を治めます。49万8000石といいますから、大きな城下町だったことがうかがえます。江戸時代の城下の総人口は7万人前後で、江戸・大坂・京都・名古屋・金沢に次ぐ大都市でした。

ところが第二次世界大戦の末期、広島に原子爆弾が投下されます。栄えていた街の様子は一変してしまいました。市の中心部上空約600mで炸裂した原子爆弾によって、最盛時約42万人を数えた広島市は一瞬にして焦土と化し、75年間は草木も生えないだろうと言われていたのです。しかし、高度成長期には復興に力が入れられ、街は見事に再生しました。2005年には人口は115万人を超え、2006年に広島平和記念資料館の本館が国の重要文化財に、また2007年には平和記念公園が国の名勝に指定されるなど、今も平和を祈り続ける街なのです。

平和を祈り続ける街・広島市

中四国最大の都市・広島にまつわるイメージ

広島は中国・四国地方で最大の都市で住みやすさは抜群

広島市の住み心地をイメージする

広島市は温暖な気候、交通の便がよく住み心地が満点